木と人間

先日、箱根に日帰り旅行に行ってきたんですね。その時にたくさん感じることがあったのでそれをここに綴ろうと思います。

結局、人間も自然の一部

人間は知恵を持ったから今は自然に対してなんでもできる。

木の伐採、獲物の捕獲、魚の捕獲、道路を切り開くなどなど

数えればキリがないくらい人間の好き勝手にしている。

でも、元々人間もこの自然から生まれている。そしてその“自然”と言うのは人間が生まれる何億年も前から存在してるもの。それに抗うことはできないのに。今人間は知恵を駆使して数千年の歴史が何億年もの歴史に抗ってる。とても不思議な状態だ。自分たちが住みやすいように生きやすいようにしてることって、実は自分たちの首を絞めていることに繋がってる。っていうのにも気づかない人が多い。

山から流れる湧き水を人間の良いように流れるように石壁を作り流れを誘導したり。でもこれって自然の山々からするととても不愉快なこと。自然の流れに逆らったことをしてるから大雨などが降った時に土砂災害などが起きる。誰も手をつけてない山で土砂災害って少なくないですか?大体ニュースになるのって道が舗装されている山が土砂災害を受けてますよね。本来はそこに水が流れる作用が自然にはあるのに堰き止めちゃってるからそうなるんです。

ただ、これらのことって別に否定してるわけじゃないんです。我々人間が生きていくためには仕方ないんですよ。何が言いたいかってこの事実を知ってるか知らないか、そして感じることができるのかできないのかが大事だと言いたいんです。

ある程度、自然に向き合わないと人間が崩壊してしまうから。スマホとかパソコンが普及したのなんてほんとここ数年じゃないですか。生物はそんな優れたものにまだ対応できないんですよ。だからここ数年人間が人間じゃ無くなってきている気がします。事件とか世間の雰囲気とか見てても。

自然のありのままで生きた方が心豊かで気持ちのいい日々が過ごせるのでは?と強く感じました。もちろん、この意見が意味わからない方も多くいると思います。全員に肯定されたいわけでなく、わかってくれる方々が理解してくれればいいなと思ってます。そしてその周りの方々が幸せになれればと思います。

そのためには自然に触れ、何かを感ること。これってすごく大事です。今回、僕はそんなことを考えながら箱根の日帰り旅行を楽しみました。とてもとても楽しく、有意義な時間でした。

根本が深いとよく育つ

この木、すごくないですか?

僕がこの木に対してすごいと思ったことも書きますね。

とにかく根っこがめちゃくちゃ大きい。土台がすごい。恐らく見えない根っこに部分はもっともっとすごいのだろうと考えさせられます。そして、美しいくらい真っ直ぐ伸びている。真上にすくすく伸びています。苔もしっかりついていて水分もしっかり蓄えられている。触った感じも潤いを感じました。

これって人間も一緒だなと強く強く思いました。

土台のない人間は育たない。精神的にも身体的にも。

身体的で言うと、骨盤や足の土台が安定しないと背骨も安定せず曲がったり反ったり丸まったりしてしまいます。それが所謂、肩こりや腰痛などに響いてきます。土台がしっかり安定することで背骨が立ち、この木のように綺麗な姿勢になるわけですね。土台のない身体はすぐ何かしら悪い箇所が出てきて崩れていく。人間も根っこの土台部分を育てなければなりません。枝葉の部分をいくらやっても効果が出ないのはこういうことですね。

精神的に言うと、心の中の土台も大事です。何か「このために」とか“想い”ですよね。こういったものがないと精神的にぶれてしまい人生の軸を見失います。あと成長しません。人間性の土台を作り上げることで成長し、綺麗な心が養われていくのですね。精神の土台。考えさせられますね。


みなさん、このコラムを最後まで読んでくださりありがとうございます。

皆さんはこれを読んで何を感じましたか?ぜひコメントで教えて欲しいです!よろしくお願いします!

僕はこの自然界に生きてます。今、風の時代と呼ばれ様々な事柄がすぐに変わっていきます。でもこのように“本質”と言うものは変わりません。だからこそ、嫌われようと嫌がられようと皆さんに本質を伝えていきたいのです。それが僕の土台です。想いです。